「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室



「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
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熟練精神科医の名言集
医療現場のさまざまな難題に途惑う研修医に、それを乗り越えてきた熟練の精神科医がそれとなく語るような名言の数々は含蓄が深い。ただ個人的には“カスガ先生”になる前の、「顔面考」のような意欲作の方が面白い。

『中腰』であることの強さ
精神科医療のさまざまな修羅場(?)をかいくぐってきたベテラン精神科医から
おもにドクターの卵である研修医にあてた心得帳。
Q&Aの形をとったやりとりのなかに春日センセイのエスプリと正直さと若干の意地悪さが
バランスよく配されていて読んでいておもわずニンマリしてしまう。

速効つかえる『カスガ式切り返しフレーズ集』なるものもあって
これはなにもお医者さんでなくとも面倒な人間関係を切り抜けるやり方として
日常的にアレンジが効く。
ともすれば禅問答のようなアドバイスを支えているものは医師としての矜持と
病気を時間の軸でとらえ待つ...
並はずれた中腰力の強さである。

これは内田樹との対談の中で言い表されているが
どん!と腰を据えてしまってもいけない。
先走りして結果を焦ってもをいけない。
まさにスクワットしながら患者につきあう感のある春日医師の姿勢は
治らない時代においての医療者のスタンスとして興味深い。
飲み友達だという吉野朔美のイラストがまさに場面場面で的を得ていて
これだけ見ていても飽きない。
また 筆者の人柄を探る手がかりともなっていて面白い!


思考の厚み
かなり好きな考え方をされる精神科医春日 武彦さんの研修医に向けた哲学的問いかけに対する模範解答です。何しろ副題が「?カスガ先生の答えのない悩み相談室?」ですから。しかも吉野 朔実さんが絵をつけるという素晴らしく豪華な本です。

実に明快な答えなど存在しない、哲学的問いかけに対しての春日さんの思考の順序だてや、割り切り、もしくは覚悟や言い回しが、とてもセンスを感じますし、「痒い所に手が届く」感覚の、自分の中での上手く言葉に出来なかった違和感を言葉にしてくれるところがまたタマリマセン。基本的には精神科医の春日先生がいわゆる研修医や若いドクターに対して語る考え方の指南なのですが、医療に携わる人も、そうでない人にもとてもオススメしたくなる本です。


いわゆる紋切り型の、「それをいっちゃあオシマイよ」的根源的な設問に、何故その設問に捉われてしまうのか?、その設問を発することにどんなスタンスが隠されているのか?何故答えにくいのか?明快な答えの出ないその問いにどう答えることが望ましいのか?などが非常に辿りやすく説明してくれます。偏狭な経験主義的問いかけに(例えば「ガンになったことのないお前に俺の苦しみが分かるか!」などの経験主義)対する春日先生の答えにいちいち納得してしまいます。


中でも肝なのが「宙ぶらりん」に耐える話しと「コントロール願望」の話しは為になる話しです。どちらも私の説明ではもったいないのでさわりだけにさせて頂きますが、「宙ぶらりん」は中腰力とも言える、物事を棚上げにし、矛盾に耐え、保留した状態に耐えチカラのことで、「コントロール願望」は自分と他人を綺麗な言葉(例えば、愛、治療)でくるんでいて、実は自分の思い通りに他人を動かしたくなる願望の事です。この2つのお話しもきわめて重要な、それでいて当然の考え方だと思います。はしょって説明しただけでは得られない説得力がありますので、読んでいただくのが1番なのですが。


また、選び取られる言葉に私はセンスを感じます、「謙虚な確信犯、自覚ある鈍感さ」だの「マゾヒスティックなダンディズム」だの、「患者さんが救われれば、結果オーライ」だの、「心身症ぎみの患者さんに『リラックスが肝心です』などと正論を言っても、それが出来ないから医療機関にきている訳で、空疎な助言でしかないただの阿呆です」だの、「コントロール願望と愛情はグラデーションになっている」だの、いちいち鋭くも考え抜かれた言葉のセンスに惹かれます。


もし本書を書店で見かけられることがあるのなら、せめて「まえがき」だけでも読まれると、興味のある方なら買わずにはいられなくなりますでしょうし、興味の無い方には「まえがき」をすべて読み終えることが出来ないでしょう。「なぜ人を殺してはいけないのか」に対する私が読んだ1番のソリッドな答えは宮台 真司さんの答えだったのですが、1番納得して実践できる答えは春日先生の回答です。


この春日先生の一見矛盾していそうで矛盾でない、奥域のある思考がとても重くて重要だと思います、文系ペシミスティックであり続ける事のダメさと、マッチョなオプティミストでいることの心地よさには相通じるものがある事を、ペシミスティックを通り抜けたオプティミストになれる重要性が私の中でなかなか言葉に出来なかった事を説明してもらったようでいてとても心地良かったです。


思考の単純さから逃れたい人に、ささやかなことに気付くレベルを上げたい方に、医療従事者の方に、オススメ致します。


春日先生が産婦人科医を辞めるキッカケになった「自分に寛容さが足りない」と感じた根拠に激しく同意してしまう私は大丈夫なのかちょっと心配。心配だけれど、今はそれを中腰で維持していきたいです。


その場での解決を求めずに
精神科医として多くの一般向け著書を出している筆者が、医者としての長い経験をもとに(精神科医に限らず)研修医が初期に直面するであろう臨床現場の問題に、彼なりのスタンスで解決策を提示している。
得てして医者としてのステレオタイプな理想像のままだと、現場ではうまくいかない場合が多い。これは医者という職業に限らないかもしれないが。
筆者は「シニカルさ、多少強迫的な傾向、羞恥心」を必要な条件として挙げ、さまざまな現場での難題を劇的に解決するというよりはやり過ごすというか時にはけむに巻くような方法で乗り越えていく。
こうした方法は時にはアツい研修医には物足りないかもしれないが、医者自身の負担にもならずに臨床経験を長続きさせる最適な方法なのかもしれない。
字面では物足りない感じがしても、筆者のこうした一言一句は長い時間をかけるとジワーッと患者さんの心に沁み込んでいくような貴重なアドバイスである気がする。その場での快刀乱麻な解決よりずっと有益で優しい解決策であろう。
多少筆者の意見に逆行する質問者に対する過剰に攻撃的な言が気になるが、ご愛嬌でしょうか。

答えのない宙ぶらりんに耐える
研修医からの質問に、カスガ先生が回答する。現場のリアリティに接して気持ちを動揺させている真っ最中の人たちに、服従と信奉を要求するような単純明快なマニュアルではない。曖昧に耐え、矛盾を抱え、保留を待つ勧めだ。
フレーズ集には、嫌味や皮肉、中傷や非難への大人な対応が示唆されている。こんな言葉を遣えるように、私はもう少し大人になりたいものだ。
患者として医療に関わることもあるのだから、医療従事者でなくとも役立つかもしれない。なにしろ、現代の医療は万能じゃないことを前提としているからだ。治らないことを受け容れなくてはならないのは、医療者だけではない。患者として、持病が増えるたびに、医療の限界を感じる。
巻末には、内田樹との対談もあるし、イラストは吉田朔実という欲張りな一冊。
個人的に一番励まされた文章は、「患者さんが救われれば、結果オーライ」。




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